UNITED COLORS OF BENETTON.

with

OLIVIERO TOSCANI

OLIVIERO TOSCANI

OLIVIERO TOSCANI

オリビエーロ・トスカーニ

オリビエーロ・トスカーニは1942年にイタリア・ミラノに生まれ、1961年から1965年までチューリッヒの美術大学で写真とデザインを学びました。
成功を収めている数々のブランドに携わる重要な創造力として世界的に知られる彼が手掛けた作品は、最も有名な企業イメージや広告キャンペーンとなっています。

彼の最新プロジェクトは、イタリアの赤十字社や高等厚生研究所、国際連合難民高等弁務官事務所とのコラボレーションをはじめ、交通安全を呼び掛ける取り組み、摂食障害への啓発、女性に対する暴力の根絶、捨て犬をなくすためのキャンペーンまで多岐にわたります。
50年以上もの間、イノベーション、広告、映像、テレビ番組をつくりだしてきた今、トスカーニは様々なコミュニケーションメディアや、彼のスタジオでのプロデュース業、エディトリアル プロジェクト、本の出版、テレビ番組制作、エキシビション、ワークショップにクリエイティビティを注ぐべく活動を続けています。

ABOUT
UNITED COLORS OF
BENETTON.

ABOUT
UNITED COLORS OF
BENETTON.

1955年、イタリアにてニットウェアのデザインが地味なことに目をつけたルチアーノ・ベネトンが、カラフルなニットの生産を始め「トレ・ジョリー」を創業。後に改名して「ユナイテッド カラーズ オブ ベネトン」となった。本社は、古い貴族に避暑地として親しまれた北イタリアのトレヴィゾ郊外にある。広大な田園風景の中に、17世紀に建てられたヴィラをそのまま修復再現した社屋が点在し、このエリアにベネトンのクリエーションとプロダクションの核が集結し、現在も創業当時の精神を繋ぐ。商品は「ベネトンカラー」ともいうべき鮮やかな色彩を特徴として、さまざまなデイリーシーンに対応するウェアを提案。幅広い年齢層から支持されイタリアの小さな町で生まれたアパレルメーカーは、現在、世界60カ国でレディース・メンズウェア・キッズウェアを中心にアパレル、服飾雑貨などを展開するイタリアを代表するファッションブランドに成長した。

HE'S BACK!

OLIVIERO TOSCANI

FROM THE ARCHIVE

1983年~2000年までの間、
世界中で話題を集めたオリビエーロ・ト スカーニによる
過去の広告アーカイブを一挙公開。

INTERVIEW

〜花も色も、全ての人のために〜
歴史的革命のごとく、2018年春、
写真家オリビエーロ・トスカーニが
ついにユナイテッド カラーズ オブ ベネトンに戻ってきた。
OLIVIERO TOSCANI
NON FATE
I BRAVI
(DON’T BE GOOD)

NON FATE
I BRAVI

From ELLE ITALIA

インタビュー : ルイーザ・シモネット

〜花も色も、全ての人のために〜

歴史的革命のごとく、2018年春、写真家オリビエーロ・トスカーニがついにユナイテッド カラーズ オブ ベネトンに戻ってきた。

オリビエーロ・トスカーニがユナイテッド カラーズ オブ ベネトンのために創り出した、視覚的にもインパクトのある言葉だ。
ELLE イタリアがこの撮影現場を独占取材。2018年春夏の新しいモチーフである『花』に迫る。

撮影中のオリビエーロ・トスカーニ(75歳)。
ホワイト&ブラック」「自然な身体」「ニューボーン ベイビー」。
「ホワイト&ブラック」
「自然な身体」
「ニューボーン ベイビー」。

こちらも新キャンペーンの撮影現場のバックステージ。「Sweet revolution(甘い革命)」を表す花、そしてブランドのシグネチャーである「色」と「Gender fluidity(性差の流動性)」がテーマ。

撮影現場のトスカーニとモデルの子供たち。子供はベネトンの過去ビジュアルからずっと撮り続けている、重要な被写体だ。

口元、カーディガン、パンツのベルト、シャツのポケット・・・
様々な被写体に花を飾る。

ユナイテッド カラーズ オブ ベネトンの2018年春夏キャンペーンはまさに春の革命だ。
そろそろ陽も長くなりだした2月、イタリアの街はベネトン・カラー一色になっていた。

世界的なファッションブランドとして有名なベネトン グループのエグゼクティブ・チェアマンであるルチアーノ・ベネトン(82歳)と写真家のオリビエーロ・トスカーニ(75歳)。長い間苦楽を共にしてきた戦友達は、なぜ今再び革命に挑むのか? 彼の名前を思い出せなかったとしても、誰もが彼の写真を一度は目にしたことがある筈だ。写真を心底愛する彼の作品は、様々な議論を生み出してきた。
真の愛の形が彼の作品の中には存在する。フィルター加工を一切しないというトスカーニのキャリアは彼が本物の挑戦者であることを証明している。トスカーニは、いかなる時も優れた審美眼を持つ実践主義者であり、常に明確なアイデアを持っているのだ。

元気な小学生たちを撮影することもあれば、写真を通して社会が目を背けがちな現実に人々を直面させることもある。死刑囚や、まだへその緒がついたままの新生児、マフィアに惨殺された死者、口づけを交わす神父と修道女、等。

人権問題をテーマにした「ヒューマンプロジェクト」が再始動し、プロジェクトが再び動き出す今、我々はこの展開に何を期待するのか?ベネトン グループが所有するぶどう農園の中心にあるポンツァーノのヴィラ・ミネッリで、彼は私達に語ってくれた。

スタジオの中のオリビエーロ・トスカーニ。

INTERVIEW

元気さ「満開の」子供たちにとって人種はただ一つ、
人類という人種。
どこからお話を聞きましょうか・・・?
「僕は2000年に、ニューヨークでティナ・ブラウンと仕事をするためにファブリカ(ベネトン グループのコミュニケーション研究センター)を去った。なにか他のことを経験する必要があるような気がして、ジャーナリストになろうと思ったんだ。しかしそれから十数年を経て、僕とルチアーノの人生観や興味がまたもやクロスすることになった。これは二度とないチャンスだと思ったよ。年齢なんて関係ないことにも気付いたよ。僕の方が実年齢では少しだけ彼より若いけど、ルチアーノ・ベネトンは82歳の少年だからね (笑)。」
お二人でファブリカに戻られたのは…?
「脱学校論を実践するんだ。ファブリカは学校ではないが、学べる場所だ。僕たちは無学な分、物事を経験する中で学ぶんだ。彼とその場所でまた一緒に仕事をできて楽しいよ。」
かつてご自身が中心的な役割を担っていたファブリカ、そしてベネトンに戻って、まず感じた事は?
「何よりもまず、嬉しかった。当時僕たちが築き上げたマーケティングやマネージメントがいかに正しかったかを再確認できた気がする。たくさんの家族が関わって数多くの人たちが働いているから、会社がうまく行かなくなるわけにはもちろんいかないし、これからもずっと正しいやり方で勝ち残る企業でなければならない。ルチアーノが会社を去ったときは凄くうまくいっていたけど、今は正直厳しい状況だ。簡単なことではないけれど、回帰できると思う。」
そんなお二人の再スタートはどこからでしたか?
「ベネトンの一番の魅力は、商品そのものにある。最近、ある女性がこんなふうにぼやいているのを耳にしたんだ。『ねえ、知ってる?ベネトンに買い物に行くと、もう前みたいな雰囲気じゃなくなっちゃっているの…もっと陽気で色に満ちていたのに。今は店に入っても、あの感動がもうないわ。』
だから、今回の春夏キャンペーンを手掛けることになった時、ルチアーノとお互いにこう言い合った。『企業イメージのためのキャンペーンではなく、店頭に並ぶ商品そのものにフォーカスすることが最も重要』と。一度離れてしまった人たちに、再び店に来てもらわなくてはならないとなると、相当な努力が必要。ベネトン以外の仕事をセーブすることになったとしても、大きなことを成し遂げるにはどうしてもこの覚悟が不可欠だった。」
主役のニット。そして世界中に溢れる、すべての色:トスカーニは言う。ベネトンだけがこんな色の使い方をするんだ、魔法を使って。
ジーンズ、ボーダーに一輪の花を飾って:ユナイテッド カラーズ オブ ベネトンの2018年春夏キャンペーンのメッセージである。
「どこからやり直す?まずはニット、そして色から:色は皆のものではあるが、ベネトンだけがこんな使い方をする」
今回のビジュアルは花がとても印象的ですね。
「花っていうのは、色と同じように皆のものだから。あと、革命の象徴でもある。これらの写真はポスターにもなるんだよ」(ジェンダーレスなブロンドの父親と黒人の赤ちゃん、「ママ、パパを見て!」というキャッチフレーズが載ったカタログのページをめくりながら)
この写真が訴えようとしていることは?
「社会とはたったひとつの人種でできている、たくさんの人種は存在しないということ。」
今回の写真のようなテーマは以前からもお撮りになっていましたね?以前と今と何か変化はありましたか?
「撮りたいテーマは何も変わっていないよ。もちろんカメラやフィルムの進化は別として。一方、社会にはたくさんの変化があった。以前、問題提起をして撮影したキャンペーンの時代は黒人差別が存在していたが、そんな時代はもう終わったように思う。」
そして新しいソーシャルキャンペーンはミラノの小学校で撮影されたそうですね。
「そうなんだ。あらゆる場所から集まった子たちが、それぞれの言語を使って一つのコミュニティを作っているこの小学校は、まるで今の世界を映しているかのようだった。」
ところで、なぜベネトンは成功したのだと思いますか?
「ベネトンが成功したのは、結局は限界のあるファッションというものを超越したからだと思う。ベネトンは誰からも好まれる製品なんだ。教養やお金がある人からも、無い人からも好まれる製品を作るのは、本当に難しいことだよ。」
なるほど…もう少し詳しく説明していただけますか?
「フライドポテトやピザを思い浮かべてみて。ニットでも同じようなことが言える。ファーストクラスで旅行するマダムと、1ヶ月にニットを1着だけ買うことができるOL、同じニットでその両者から同時に好まれる製品を作るのは難しいということ。それを実現させたベネトンは結果、社会・政治的にも正しい企業と言える。今後、赤十字社とのプロジェクトを発表することになっているんだけど、これは決して偶然ではない。世界中で、赤十字社と組めるブランドって他にないでしょう?この世に意味が存在する限り、大衆はそれを認識し必要とする。人々はこうした自分一人では気付かないことでも、みんなが興味を示して見直せる可能性を秘めている事に夢中になるんだ。」
「ベネトンのニットは輝きを取り戻す」と言っていましたが、どのように結果を出せると思いますか?
「ずばり、色を通してだね。結論として、ベネトンはこのマジックを実現しているから。誰でもできることかもしれないけど、独自の方法で色を使いこなすのはベネトンだけの才能といえるね。」
これまでも子供たちの写真をたくさん撮ってきたと思いますが、今回の撮影現場での様子はどうでしたか?
「母親、特にイタリア人の女性は、怒鳴ってばかり…だから子供たちは言うことを聞かないんだと思う。第一ステップとして、母親たちには撮影現場から出て行ってもらった。これは事前にルチアーノとも打ち合わせをしたけど、彼は優しくて礼儀正しいから、結局母親たちに宣告する役は僕だったけど(笑)。5歳から10歳の子供たちのグループにおとなしく撮影させるのは、戦争の写真を撮るよりよっぽど難しいね。コリエレ・デッラ・セーラ紙の戦争写真家だった僕の父はよく言っていた。煙を上げる戦車、血、絶望した人々、戦争にはある意味あらゆる被写体が当たり前にあった。シャッターを切りさえすれば、もう写真が出来上がってしまうから。そういえば、ベネトンブランドの由来について聞いたことはある?ユネスコの広告賞を受賞したことがあるんだけど、世界のすべての色というのがテーマだったんだ。ご存知の通りユネスコは国連の専門機関の一つだけど、あるユネスコのスタッフがパリのスタジオへやってきたとき、僕が様々な国籍の子供たち30人くらいと仕事をしている様子を見て、こう言ったんだ。『これぞまさしく “United Colors of Benetton!“ってね。』
僕は電話を手に取って叫んだ。『ルチアーノ、いい名前が付いたぞ!』。こうしてこのブランドの名前が生まれたんだ。僕自身にアイデアがあるわけではなくて、それは自然にそこにあるだけなんだ。」
ミラノ、ジャンベッリーノの小学校の教室にいる、28人の子供たち。4つの大陸に広がる13の異なる国籍を表す。オリビエーロ・トスカーニは「その」融合を、本物の統合となるようにベネトンの新しいソーシャルキャンペーンの撮影をした。
2018年春夏のキャンペーンが示すように、「融合」はベネトン グループの企業価値でもある。「基準に適合する美と、異なるものを含んだ美が存在するだけ。醜い人はいない」
あなたが撮影された写真は、多くの論争を引き起こしましたね。
「企業の広告には2つの要素がある。何をしているかを伝え、そして何者であるのかを見せること。一方が他方と呼応しているとわかりやすい。例えると善か悪というようにね。30年前の僕らが手掛けたビジュアルをみんな覚えていて、『ベネトンの写真はとても素晴らしい!』と言ってくれる。トスカーニの写真、と言ってくれる人はいない。いまやベネトンの写真家になってしまったようだね(笑)。「白と黒」、「天使と悪魔」というように二つの相対するものがテーマであれば、人々は『ベネトンだ』と認識する。」
一つのスタイルでは不十分なのでしょうか?
「消費を超越することに意味がある。こうした試みで経済を本来あるべき状態に戻したいんだ。良い消費を作ること。より上質なものを、より金もうけ目当てじゃないものを。ベネトンは社会との関係が密接な大企業だから、作っている僕達は自覚を持たなくてはならない。」
『学校』を廃止したいと宣言されていますが、貴方はファブリカでも教師をなさっていましたよね?
「事実、僕たちはみんな教師なんだ。あなたも今、僕に何かを教えてくれているように。僕は若い頃から、バルやビリヤード場、パリへのヒッチハイクでより多くのことを学んだ。みんな僕が何者なのか知りたがっていたし、僕に自分の生き方や子供との問題、さらには誰がエンジニアで誰が銀行員なのかなど事細かに語ってくれた。ミラノのヴィットリオ・ヴェネト高校では、僕らは授業をさぼってばかりいた(笑)。
朝8時30分に映画館前で会って、同じ映画を何度も見たよ。ゴダールの映画から、フランスのネオリアリズムの映画まで全部。これこそが“学校”だと思うんだ。」
では、ファブリカとは一体何でしょうか?
「何だろうね。今年、ファブリカ・サーカスという名前に生まれ変わって、年中無休24時間営業でワークショップは少なくとも300回は開催する予定だよ。まさにカルチャーの巨大スーパーマーケットみたいな感じかな。ダダイズムを生み出したキャバレー・ヴォルテールを知ってる?あるいはウォーホルのファクトリーを?ウォーホルは長く付き合ったアーティストだ。またはドン・ミラーニのバルビアーナ・スクールを?」
ほら、やっぱり話が学校に戻ってきましたよ…
「しかし、バルビアーナは特別な場所だよ。僕はいつも『学校』の代わりになるものを求めていたんだ。相違の中に未来が存在するから。ファブリカは、大きなバルや広いダンスホール、スタジアム、レストランのようなものだね。現代というものの全てについて、哲学的なことから物乞いの方法にいたるまでを語ってくれる人に来てもらう。僕がいつも繰り返すフランク・ロイド・ライトの言葉がある。それは、『建築の質はクライアントの知性に左右される』という言葉。僕は常に、エリオ・フィオルッチ、マウリツィオ・ヴィターレ(ローベ・ディ・カッパのブランド創業者)や、ルチアーノだったり…平均的には、いつも素晴らしいクライアントに恵まれていたと言えるね。ルチアーノが僕に、何をどのようにすべきか指示したことはない。僕だってワイン専門家に対して、僕のワインをどう作るべきか?なんて直接的に聞くようなことは決してないから。例えば、葬式で飲むような重たいワインじゃない、洗礼式用のような軽やかなワインがいい、とか感覚を共有するだけだね。」
ずばり、美とは何でしょうか?
「ファッション雑誌やキャンペーン広告の美は退屈だと思う。愚かな人たちは、美しいものの中にだけ美を見いだす。どういう美について僕たちは話をしているの?僕は10年前から『ヒューマンプロジェクト』を実行していて、これまでに世界中の人々、7万人以上を撮影したけど、醜い人なんて誰ひとりとしていない。むしろ物に恵まれていない人ほど、ピュアで清らかな目で人のことを見ることができるんだよ。」
昨今のファッションについて、どう思いますか?
「水を燃料して走る300ユーロの小型自動車をデザインすることよりも、ロールスロイスをデザインする方がはるかに簡単。贅沢っていうのは実は差別的で、人々は豪華で豊かな生活を常に送っているように見せたいが、現実はそうはいかない。ファッションが現実離れしたものでなければならない、または精神科医に診てもらわなければいけないような、わざとらしいポーズを取ることが美だと主張する人がいるのはいまだに理解できないことだね。」
最後に、新しいデジタルプラットフォームを使って表現する予定は?
「いや。でもメッセージを伝えるためだったら、伝達方法は何だっていいと思っているよ。実は僕は、毎年ボストンのマサチューセッツ工科大学で講義をして、世の中で今どういった風が吹いているのか感じるように務めている。心と精神は、もちろん利用可能なテクノロジーに紐づいて進化している部分もあるだろうが、そこで若者たちを通じて感じるのは、彼らのヴィジョンが、スマートフォンのような新しいテクノロジーそのものから生まれてくるのではなく、もっと内なる心の詩から生まれてくるということだ。素晴らしい体験だよ。」